「第3回支援物資お届け」(タイトル仮)のご報告

 ろくに告知も致しませんで大変失礼いたしましたが、6/11(土)に石巻を訪れ、お預かりした支援物資をほぼ全てお渡ししてきたことをご報告いたします。

 今回、支援や応援の気持ちを形にしたくてお待ち頂いてた方、すみませんでした。

 以前から、約束しておりましたアーティストさん「Chie Kajiura」さんが集められたを支援物資を優先させて頂いたのと、友人の引越で、処分する物の中から必要そうな物を多数選ばせて頂いたため、すでに車がいっぱいになると判断致しました。
 これから、また、どのような形で被災地の支援や応援をできるかは、まだ一考中ですが、必ずやまた伺うつもりなので、よろしければその時また、よろしくお願い申し上げます。。。

 ご報告についてですが、前回、前々回同様の方法を取らせて頂いております。

文中↓↓↓↓↓↓↓↓から↑↑↑↑↑↑↑↑の部分に、主観による、感じたことやエピソードを含めております。
 ジャーナリストでもない私のつたない文章であり、中にはショッキングな内容が含まれてる可能性もあります。報告のみ知りたい方や、精神的に今はつらい方は、この矢印に囲まれた部分をとばしてお読みいただけます様よろしくお願いします。
 文中にいろいろな表現が出ることもあるでしょうが、事実を羅列するだけでつらい表現になり、思いを強制するとか、批判するものではありません。「皆様の愛への尊敬と感謝の気持ちでいっぱい」であるのが真実です。
 そして、ここで書ききれないこともたくさんたくさんあり、お伝えしたいとも思っておりますので、お気軽にお声をかけてください。

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第3回 石巻

目的 :
1. 石巻市の物資入手困難な地域への、支援物資のお届け。
2. ボランティア希望の友人2人を、石巻のボランティアセンターへ送迎。
3. 石巻市役所で、高速道路の通行証の申請。
4. 石巻で、復興活動、非公式ボランティアも続けていて、第1回でお世話になった熊倉さん、毛利さんにお逢いし、近況を伺う。
5. 現地で物資の受け入れ具合や、情報入手次第では、女川や石巻北東部や牡鹿半島(雄勝や寄磯)に足を伸ばして支援物資を配る。

4/20
 Chie Kajiuraさんからのメール連絡により、5月21日のライブの物販の売り上げ全てと、余った物販を支援物資として、被災地にお届けしたいというお話を伺う。

4/22~4/23
 第1回 石巻へ(末松一人氏、赤間慎)

4/30 
 4/20のお話の決定。

5/3
 第1.5回 いわき市へ(久ノ浜で全壊、30km圏内により避難を余儀なくされてる友人の所へ友人達と共に)

5/8
 第2回 亘理町へ(まあさ、ぺんぺん画、achikoちゃん、赤間慎)

5/16
 mtg. 具体的なお話を詰めました。物資を配布する目線からの現地の状況をお伝えし、積載量や必要物資、希望の配布場所等を、話し合いました。同時にこちらで、子供たちの為に、chieさんがされてる活動や、想いも伺いました。

5/21
 LIVE.Chie Kajiura 「LABORATORY #05」@渋谷Star lounge

5/26
 物資調達の買い物

~6/10
 通販や、八百屋で物資を調達されたそうです。

6/10
 積み込み : chieさん邸前 
ドローイングアーティストのぺんぺん画、エアリアルアーティスト&ダンサーで5/21のライブのカメラマンでもある渡邊純子ブログにアップされてますね。
http://ameblo.jp/algiid-jun/entry-10923870128.html 


↑こんな風に、母さん夜なべ系作業によりかわいく小分けされてます。


↑当日には、果物が。。。これは大喜びでしょうね♪♪


↑「teamCK」と、物資の内容が事細かに、全てのハコに張ってあります。
「teamCK」とは、chieさんと同志の方々(5/21のライブで物販購入により支援された方々)のことです。
 この量を一人で、仕分けしたり…だったわけです。ドリンク等も多いし、赤間でも重いと思うハコも結構あって…、chieさん腰を痛め気味だった様子です。。。 ホントお疲れ様です。。。


↑渡邊純子さん、Chie Kajiuraさん、撮影はぺんぺん画です。


↑友人引越引き取りの荷物もあって、やっぱりぎりぎり、リヤは超シャコタンです。


↑そして、今回はここに一人埋まります。

夜は、日吉で旧友が営むcafeSANTAへ。
売り上げの数%を義援金として集めていたそうです。その一部をお預かりし、


↑ミートソースがベースのオリジナルのキーマカレーや、こだわりの超うまコーヒーを頂きます。


↑茶やハーブティ、調味料なんかが、母さん夜なべ系作業により大量に小分けされてます。

出発までに、最終物資調整。
ガスボンベと、殺虫剤を大量に買い込みました。

6/11 未明は強雨 雨のち快晴
 未明に出発。 石巻までの道のりは、福島県に入った辺りからの道のゆがみ具合、補修具合は、変わらずでした。石巻手前でやはり渋滞はしますが、第一回の時よりだいぶ渋滞区間は短かったです。

09:00  石巻専修大 社協のボランティアセンター
10:45  だいぶ待たされ、ボランティア希望の友人2人をやっと見送りました。 派遣先は湊町の七十七銀行付近です。

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 今後の為に、多少時間がかかってでもボランティアの流れを見学して参りました。

新規受付にて書類に記入。

同じテント下でボランティア保険加入

リーダー(腕章をつけた人と教わった)が、マッチング(仕事に対して車両、人材を当てはめる作業)を開始するのを待つ。

その時点で仕事が決まれば、リーダーの指示に従い、資材、道具を受け取りに倉庫へ
決まらなければ、また待つ感じなります。

リーダーを中心に現地へ出発

この流れは、ずっとボランティアをされてる方のブログなんかが、実際参考になると思われます。
…が、、、雨ということもあってなのか、待たされる時間や、伝達の曖昧さにより、効率がよくないように、私は感じました。やる気満々の猛者たちが、たくさん長い時間待たされてました。


↑新規受付テントの前でやる気満々の、高校からの親友、伊東真哉くんと山本かおりさん。

ただ、ここまでなんてことのない景色だったため、湊町(浸水4m)に直接足を踏み入れるとなると、もの凄いショックを受けるだろうことに、心がすぐれませんでした。。。
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11:00  石巻市役所 産業戦略課
12:00  高速道路の通行証明書は、入手できませんでした。


↑石森章太郎さんゆかりの地であり、そこかしこでキャラクターたちが見守っています。

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ひとしきりお願いした後、
「そういうのは運動公園の集積所でなんとかしてくれると思いますよ」
  「あそこは個人の物資は受け入れてくれないですよね??」
「はい。。。」
  「つまり… どうあがいても無理ってことですか?」
「はい…うちの方では。。。」

あらら。。。そもそも、お役所からは嫌がられることやってるんですからしょうがないですね。。。6/20から千円高速なくなるのも急な話しで、今まで調べてきた災害派遣従事車両関係の書類の呼び名なんかも急に変わったから、もしかして、ここ数日で急に厳しくなった可能性も否めないよね。。。
 ボランティアは、テント泊の方が多くて、テント持ってない人は車中泊してます。東京からのボランティア用送迎バスは、一人往復1万円くらいかかるとも聞きました。車なら、2人で元がとれます。もう少しわかりやすく説明していただかないと、車両を持ち込んでのボランティアさんが、減ってしまうよなぁ。。。本当にがっかりして、しばらく車でうなだれました。。。
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12:15  湊町七十七銀行付近の仮設セブンイレブンで昼食

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 女川街道沿い…、国道であるにも関わらず、未だ信号は動いてなくて、日中は各交差点で警察が手旗信号をしてます。セブンイレブンは店舗はほぼ災害当時のままの様で、抜けたガラスや壁にはベニヤが貼ってあります。駐車場で、トラック2台とテントでの仮設営業でした。昼食は買ってあったのですが、あえてこちらでおにぎりを買って食べました。

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13:00  駄菓子のダンボールが軽くて大きく、一番上に積んであった為、先に配布しようと、湊小学校、石巻中学校、湊中学校(いずれも避難所です)を回って、子供用物資の配布許可を求めましたが、お昼時というのもあり、いずれの避難所も自衛隊に管理されていて、断られました。

13:30  ゲリラ的に路地で物資配布をしました。第一回の時も、同様に配布した地域の近辺です。大門町2丁目→湊町4丁目→湊町3丁目→湊町2丁目 少しづつ移動しながら、くじ付きおもちゃ、小分け駄菓子を除き、物資のほとんどを配り終えました。うち、2箇所では、近所の方がまな板と包丁を持ってきて、みなさんにわけてくださり、みなさまの穏やかな笑顔を拝見することができました。
 方法としては、物資のリストを見せて、選んで頂こうと思っていたのですが、ご近所の方も呼んでくださったりで、想像以上に人が増えていて活用できたのは、最初の一人だけでした。
 浸水は4m ライフラインは、電気とガスは家によってまちまちで、水道からは赤い水が流れてくるそうです。


↑写真を撮らせて頂くのも、多大な勇気がいるのですが、報告のための撮影、掲載の許可をお願いしましたら、笑顔をくださった方もいらっしゃいました。


↑写真には写ってませんが、作業の合間のすいかを楽しむ男性も多かったです。子供たちにもおもちゃとお菓子配りましたが、避難所の子達と違い、すぐに走り去ってしまいます。。。

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 この地域、第一回で来た時には、人はまばらだったのですが、とてもたくさんの方が戻ってらしたようです。ご近所に他に人がいるのかを伺ったら、みなさまに声をかけてくださり、とても一人じゃ対応しきれないほどの方々にお集まり頂きました。第一回の頃ですら、市はライフラインは戻ったと発表していましたが、実際は今でも、各家庭での器具や工事が間に合ってなくて、ガスや電気が来ている家もまちまちなのです。ガスがこないからって、プロパンに切り替えて工事をしてやっと昨日お風呂に入れたという方もおられました。水道は赤い水が出るので呑めたものではありません。
 2階族という俗語も生まれてるようですが、そもそも震災直後のインタビューで、「避難所はこれから全壊の方たちがまだまだたくさん来るから、2階が残ってる私たちは避難所を空けるために戻らないと…」って言いながら、荷物を頭の上に、腰まで水に浸かりながら未だ浸水してるおうちに戻る姿が印象的でした。
 半壊の方々、ライフライン分断の状態でもう3ヶ月も自給自足の中での復興活動ですから、未だ大変な日々を送ってるのです。もちろん皆さん車は流されてますし、歩いていける距離には、お店は全くありませんから、あの仮設セブンイレブンはひとつ、大きな希望なんでしょうね。。。
 なんにしろ今回の荷物、全ての物が、ここでは必要とされている物でした。これだけの人がここにいるのなら、物資はいくらあっても困らないでしょうね。物資募集を打ち切っている場合ではない。。。余ってるなら早く配って欲しい。とりあえず死にはしない程度では、家の片付けですらはかどらないだろうから。。。
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15:15  元倉1丁目(浸水2m)の熊倉さん宅を訪ね、近況を伺ってきました。毛利さんも来てくださいました。

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 第一回の時に、多大にお世話になった方々です。顔をみた瞬間、涙が溢れました。なんだか、号泣していた末松君の気持ちが少しでもわかったような気がします。床下の泥かきがやっと終わったそうです。


↑石巻のドン的な熊倉さんと、いつもおしゃれな毛利さん

 熊倉さんとお話していると、いつも自分のことよりも石巻!という感じが見えます。「ありがとう石巻に…」「石巻を… 」 って言葉を聴くたび、この街への愛が感じられます。仲間は家族みたいに考えてらっしゃる感じで、連絡や行動がものすごく早くて、たくさんの方々の信頼を得られてる方です。
 毛利さんは、画像のトラックにある「エンヤコーラ!」活動を提唱し、地域復興を活性化してらっしゃいます。エンヤコーラ活動とは…「それはそれは、みんながhappyになるものです。目に見えたり、見えなかったり、聞こえたり、聞こえなかったり、伝わったり、伝わらなかったり・・・でも、その先はみんなにhappyが待っている。おまけで私にも(笑)。」だそうです。私は毛利さんに、物の見方や感じ方、捕らえ方が似ていて、もの凄く感性が近いのかな…と感じる日々です。。。
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16:00  湊町七十七銀行付近で、ボランティア2人をピックアップ。
ボラセンに戻らず、現地解散をさせてもらえる場合もあるようです。

16:30  日和山公園にて、景色を見て、駐車場にて、くじ引きの仕込み。

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↑くじの型紙に番号全部書いてあるから、いい景品は絶対お店の人に抜かれてたよね…なんて会話をしながらの仕込みです。

 日より山公園から見ると、瓦礫が海岸沿いに移動しただけなのがよくわかります。もちろん、大きな進歩なのですが、3ヶ月という中で考えると、正直がっくりきます。熊倉さんとお会いして、思わず「だいぶすっきりしましたね」と伝えましたが、瓦礫がなくなったことで、被害があらわになり、何も進んでないように見えたり、被害の大きさを改めて思い知らされたりするのです。確実に進んでるのですが、もう3ヶ月です。この3ヶ月をどのような思いで過ごされたのか。。。こんなにも手が回らないのか…。被害が及んだ広さと大きさを思い知らされます。
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17:00  湊町の方々に子供が集まる場所を聞くと、19時からとある避難所にて合同慰霊祭があるということだったので、先ほど自衛隊に断られたがもう一度行くも、ほとんど子供はおらず、別の避難所に移動。半ば、こそこそリーダーにお話して、こっそり子供たちのいる場所を周りました。

18:30  もう一度湊小学校に戻ると、自衛隊もいなかったが、子供も少なかったです。

19:30  活動を終了 
若干のくじ引きおもちゃを残すことになってしまいましたが、現地で食事をし、ゆっくりと帰途につきました。
 このくじ引きおもちゃにかんしましては、残りのものをうまいことまとめ、次回にまた持って行きたいと思っております。

以上、報告を終わります。

 大変長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
予想の1/10くらいの短い時間で物資はなくなりましたが、全て、必要な物が必要とする方のもとへ渡ったという実感はございます。子供を含めると総勢8~90人くらいでしょうか、、、しっかり手渡しをすることができました。
 また、このように物資があることにより、私も活動に参加ができたこと、大変ありがとうございました。

次回以降のことは未定ですが、また機会を作ることができましたら、よろしくお願いします。

あかましん

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・ 避難所は、だいぶ人数も減ってました。
・ 石巻は水産加工工場が多いので、においの問題も大きいですが、相変わらずでした。片付けは進んでるはずなのですが、暖かくなってきてヘドロもにおうようになり、むしろ、ひどくなってる感じもします。
・ 石巻駅前の商店街は、今もほとんどのお店が閉まったままです。というか、シャッターすら閉められないお店も多いです。
・ ハエがとてもとても多かったです。これからもっと増えてしまうでしょうね。。。

 3ヶ月… すぐに何不自由なく暮らせるようになったこちらと、不自由なまま3ヶ月、文字通りぎりぎりで生きて来られた方々…、両者のギャップは、このままどんどん開いて行くのだろうか。。。なぜ、差が埋まらなかったのだろうか。。。 あ、ごめんなさい。被災地から戻ると必ず、現実のギャップに大変苦しみます。 実は怒りや訴えたいことばかりになったりもするのです。しかし、それは、このブログをを読んでくれる方に対してではないのです。これを読んでくださってる方々は、どこか共感しあってこそ、参加してくださってるんですから。。。
 この矢印の間のコメントを読んでくださった方は、いやな思いをすることもあるでしょうね。しかし、本当に感謝の気持ちでいっぱいなのをおわかり頂きたいのです。どこかで赤間が吠えてても、みなさん本当にありがとうございます…なのです。
 こうして、心はまた被災地に。。。
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「第3回支援物資お届け」(タイトル仮)のご報告」への1件のフィードバック

  1. 世の中いろんなギャップの中生きているわけだけど、被災地での支援のギャップは無くして欲しいな…と思うわけ。
    今後はあちらに行った先で出会った人たちに末永く支援をしようと思うのなら実際に行って物資を配るのではなく、その行く交通費も物資に変えてヤマトとか使って送るのもありな気がするなぁ…

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